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blog:hidden

30代アダルトチルドレン。世代間連鎖の渦中。自由に書き散らすブログ

カウンセリング4回目〜母という存在

先月上旬に4回目のカウンセリング。
この日はアシスタントさん付きで身体的セラピー?をした。
アシスタントさんが母親の代わりになり、抱きしめてもらうというものだ。
最初は困惑した。代わりと言われてもなー。ようは演技じゃん。って。
私も演技しなきゃいけない?

それでもぎゅっとされて優しい言葉をかけてもらうと号泣してしまった。
母親ってこういうものなのか。ぎゅっとされるだけですごくエネルギーをもらえるんだね。本物の母にこうやって抱きしめられた記憶があるだろうか…うーん。

私はやっぱり母親の愛情が欲しかった。


気づいたことがある。
以前友達に執着してしまうことを書いた。
hidden.hatenablog.com

なぜ執着してしまうか?

これって距離が近くなってしまうと、友達に母を投影してしまうからではないだろうか。
だから男性に執着したことがない。いつも女性の友達。
もしかしたら、どこかしら母に似ているところがある友達。

友達に母を求めるなんてアホらしいし、無理なのは頭では当然わかっているけど…。
それでも求めてしまっていたのではないか。
そりゃ苦しいよな。
今も友達に心のどこかで求めている。
表面上はギクシャクが無くなって普通の関係に戻れたのではないかと思うけど、「私は嫌われているのだ」としょっちゅう思うようにして自制している。
やはり苦しい。普通の友達になりたいのに…。
そして向こうは私との関係についてなーんも思っていないんだろうな。
それはとても寂しくて、でも、離れないでいてくれるのはありがたいような。
会うと楽しいけど苦しい。寂しい。

気づいたところで、じゃあどうすりゃいいのか。さっぱりわからない。
次回のカウンセリングで聞いてみよう。


私は男性に執着しないが、すごく好きになることもない。
男性とはものすごく距離がある感じ。
周りにはクールだと思われているけど、恋愛らしい恋愛が出来ないのも考えものだ。
友達のような恋愛関係で構わない人とならうまくいくから、そこまで悩んではないけども。
父子関係はどうだったかなぁと考えると、なんだろう?あまりわからないのである。
父は無関心だった。かも。父は母のものというような意識がある。
やはり母という存在はでかい。