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30代アダルトチルドレン。うつ病治療中。自由に書き散らすブログ

うつ病なので休養しましょうって言われたけどよくわからなかった。

うつ病と診断されて「明日から休職してください。」と言われた時は、
「えっ!そんな早く!でもっ…色々と…途中の案件があったりするんですが?!」とかなり困惑した。
それでも医師は「診断書出しておきますのでそれ出せばいいですよ。」と。

は、はい…となりながら、会社に連絡したらあっさりお休み決定。
明日からおやすみ……か。

休む。休養する。とは…?

基本は自宅療養で何もしないこと

実家に帰れる人は帰ったほうがいいみたい。とりあえず普通の生活すらできないからね。
食事とか洗濯とか最低限のことをしてくれる人がいると良いとのこと。
規則正しく1日3食、が理想。
私は帰りませんでしたけど…。1日1食は食べるようにしてたかな。栄養ゼリーとかも駆使して。
そして何もしない。寝れるなら寝る。ぼーっとする。

そこからスタートなんだけど、これが難しいんだよー。
ずっと前だけ見て一生懸命走ってきたもんだし。どうしたら良いの?となるのは当然。

療養を邪魔するもの

  • 罪悪感。

おそらくは寛解するまで付きまとうだろうけど、休職したての頃は罪悪感がひどかった。
迷惑かけて申し訳ない。みんな働いてるのに自分だけ休んで申し訳ない。
でも身体が動かないんです、ごめんなさい。

  • 執着。

あの仕事は大丈夫だろうか。会社はうまく回るだろうか。
自分はもう必要とされないのでは。怠けている無能だと思われるのでは。
社会人として情けない。

  • 焦り。

早く直して戻らなければ。休んでいたらダメ人間になってしまう。
何かしなければ。


…とまぁ、こんな調子じゃ休めるわけがありません。
最初の頃はこのような思考でいっぱいになりながら、一日床に突っ伏してました(笑)
徐々に「きちんと薬を飲み、何もしないことが休養になるのだ」と自分を説得していく。

まずは病気であることを受け入れない限り、治るものも治らないしね。
結構苦労したのと同時に、どれだけ視野が狭くなっていたか、仕事に執着していたか、に気づくことができた。

うつ病と診断されるまでの話

久しぶりの更新。やっとブログを書けるようになったという感じ。
現在も鬱で休職中だが、そうなっていった過程を書いてみようと思う。

ずっと「まだ病気じゃない。甘えだ、怠けだ。」と思って病院に行かずに頑張っていた。
もっと早くに受診していれば、もう少し軽症で済んだかもしれない。

初期

  • 仕事が忙しい。ずっと忙しい。あああ。
  • カウンセリングで過去を振り返ったり自分を見つめたり大変。なんとなく行きたくないな。
  • 趣味、やらなきゃ…
  • このように、平日も休日も休まらないなーと感じ始める。

中期 (この辺で病院行けばよかった)

  • 朝がだるくて遅刻が増えた。
  • 職場で突然涙が出る。1日くらいならそういう日もあるだろうって感じだけど。3回目くらいでやばいと思い始めた。
  • 周りが全員敵に見える。誰も味方してくれない。
  • 自分がちゃんと笑えているのか、気になる。
  • 趣味への義務感が強くなり、あんまり楽しめなくなる。
  • 今まで笑えていたテレビ番組を見ても全く笑えない。全然おもんない。
  • 軽い自傷行為をし始める。自分を殴る。罵倒する。

後期 (病院へGO)

  • 朝起きたら身体が動かない。重くてだるくて。頭で動け!て念じてもダメ。
  • 家事や外出の準備などの基本的なことをするのに大変な労力と時間がかかるようになる。
  • 仕事が進まない。頭が回らない。デスクでぼーっとしてたり。
  • 風呂に入れない。私はいつもシャワーだけど、全身浴びるのがかなり困難になった。頭洗うのが精一杯。
  • もう嫌だ、死にたい、消えたいと思う。
  • 自傷行為で目立たないところに傷やあざを残そうとする。衝動にかられる。
  • 今この車に引かれたら休めるな…とか、もしここから落ちて骨折したら休めるな…とか具体的に想像し始める。
  • さすがに病院に行った方がいいかもと思い始めるが、探すのが億劫。

末期 (もはや命の危機レベル)

  • 外に出たくない。
  • 動けない。ベッドか床で寝転んでいる。
  • 家事全般ができない。食事もないがしろ。
  • 頼むから誰か殺してくれと思う。


末期になった瞬間、なんとかパートナーの力を借りて病院へ行った。
中程度のうつ病という診断で即休職となった。
これは一例に過ぎないけれど、病院に行く必要性やタイミングがわからない人への参考になれば幸いだ。
我慢して頑張っちゃう人がうつ病になりやすいからね…。

これからはうつ病でできないこと、できること。
などうつ病関連の話題も書きたいと思う。
病気をまず治さないとAC克服とかも言ってられないから。地道に投薬治療中。

『生きる技法』を読んだ

生きる技法。
なんともストレートなタイトル。帯にあった、
「助けてください」と言えたとき、人は自立している
というワードに惹きつけられて購入。

幼い頃から早く自立するよう求められて育てられた私は、人に頼ったり、助けを求めることなど出来なかった。今も、そう。
1人で立って生きることが自立だと思っていたし。

でもこの本は自立は人に頼ることだと言っている。

何でもかんでも人に頼ろうとして、人が助けてくれないと、当たり散らすような人は、未熟なだけです。
しかし、自分が困っているときに、助けを求めることができないこともまた、未熟さの反映なのです。

そうなの?!衝撃を受けた。

「恐怖」には原因があるが、その原因を自分で隠蔽すると、「不安」になる

不安って厄介なもんだけど、自ら生み出しているんだよなぁ。

嫌われるのを恐れると、誰にも愛されない

ドキっとする。嫌われたくないという想いはなかなか制御できない。

悩むのをやめることです。悩めば悩むほど、自分が何を感じているのか、何を感じているのか、わからなくなってしまうからです。そうではなくて、悩むのをやめて、自分が感じていることに眼を向けることが必要です。

自分が感じていることに、正しく眼を向けることができれば、悩むのを自然とやめることができる。そういう風に人間はできているみたい。

とても読みやすかったし、前向きになれる思想が書かれてあった。
この内容を自分なりに取り込んで活かしていくって感じの本。何度か読み返すのがいいのかもしれない。

私はまず自分なりに「助けて」と表現してみることにした。
すると、気遣ってくれる人や見守ってくれる人、支援してくれる人が現れた。というかそういう人達が居るということに気づいた、かな。
本当にありがたい。まだまだ上手く頼ったりできないけど、少し前に進めたと思える。

読んでよかった本。

生きる技法

生きる技法

うつ病になった。

カウンセリングの後に気分がとても落ちる。
好転反応というものだそうだ。
良くなる前の反応として一時的に調子が悪くなることで、良くあることみたい。
つまりそれだけセラピーの効果が高いという意味でもあるらしい。
普通は数日で自然と良くなるようだが、私の場合は仕事の多大なストレスも抱えていたためメンタルがどうやらやられてしまったようだ。

仕事に行けないとか、趣味ができないとか…普通ではなかった。
抑うつっぽいなとは思っていたけどしばらく頑張っていた。が、ダメだった。

なんとか病院を予約して受診したらうつ病だと。
あーそうか。といったところ。
幸い重度ではなく中程度。
即日、仕事は休養しましょうと診断書を出された。
戸惑った。そんなすぐ?案件が…色々溜まってるしーとか混乱した。
でも、このまま仕事しながらAC克服なんて無理だ。死んでしまう。
休職を決意した。

休むことになったわけだけど、何をしたらいいかわからない。
毎日が日曜日だよ、ただゆっくりしたらいいんだよ、ってことなんだけど。
罪悪感がすごくて不安だらけで。
まだ数日しか経ってないけど難しいよ、休養って。
こんなんだから鬱になるんだろうね。

医師には親に言って実家で療養を勧められた。
でも…それは。難しい。
今なら親は受け入れてくれるだろう。でも私が、拒否している…ような。
とりあえず報告だけはしておくか…。

自分がどうしたいのかわからない。
趣味もやめようかな?って相談したけど、自分がどうしたいかでしょって言われて。
わからない…。無理しない程度にゆっくり一緒に続けようって言われたかったなあ。
自分の気持ちがわからないから、必要とされたかったんだ。

趣味仲間や友人に打ち明けたら気遣ってくれた。上記の一人を除いて。
なんで執着しちゃうんだろう。情けない。
結局この対人関係が大きな原因な気がする。
ま、なってしまったものは仕方がない。焦るけど少しずつ休んで治していこう。

カウンセリング5回目〜成功体験

一ヶ月半ぶりのカウンセリング。
仕事諸々のストレスで体調は思わしくなく、行きたくないなと思いつつ…。

心理的距離が近くなった友達に母親的愛情を求めてしまうことを伝える。
こういうのってあまりないのかな?カウンセラーさんは少し考えていた。

愛情を求めているということで、人に近づくワークというものをした。
椅子を離れた場所に置き、そこに両親がいると仮定して少しずつ自分から近づいていくというものだ。近づいて、抱きしめてもらうとか優しくしてもらうとか、想像ではあるがそういう体験をしたらワークは終了。

普通の人なら簡単にこなせるのだろう。が、私のような人間にはどうも難しい。
近づくにつれ不安になってくる。
「もう近づかなくていいかな」「これ以上は行かないほうがいいかな」
のような
感覚が湧いてくる。その理由を確認していくと、それは恐怖の感情だった。

「拒否されるのでは」「無視されるのでは」

怖さを確認しながら、一歩ずつ近づく。

何だかしんどくなってきた。
やめたい…
でもやらなきゃーと頑張った。

椅子の一歩手前までいけた。あと一歩。
でもどうも無理だったので、両親ではなく理想の親を思い浮かべてくださいと言われた。
そして色々助言をもらいつつワークを達成することができた。
このように自分は人に近づくことができた、という一種の成功体験だった。
トラウマの克服と同じで成功体験を重ねることで恐怖をなくしていくのだとか。


今回は相当疲れてしまったな。頑張りすぎたかも。

カウンセリング4回目〜母という存在

先月上旬に4回目のカウンセリング。
この日はアシスタントさん付きで身体的セラピー?をした。
アシスタントさんが母親の代わりになり、抱きしめてもらうというものだ。
最初は困惑した。代わりと言われてもなー。ようは演技じゃん。って。
私も演技しなきゃいけない?

それでもぎゅっとされて優しい言葉をかけてもらうと号泣してしまった。
母親ってこういうものなのか。ぎゅっとされるだけですごくエネルギーをもらえるんだね。本物の母にこうやって抱きしめられた記憶があるだろうか…うーん。

私はやっぱり母親の愛情が欲しかった。


気づいたことがある。
以前友達に執着してしまうことを書いた。
hidden.hatenablog.com

なぜ執着してしまうか?

これって距離が近くなってしまうと、友達に母を投影してしまうからではないだろうか。
だから男性に執着したことがない。いつも女性の友達。
もしかしたら、どこかしら母に似ているところがある友達。

友達に母を求めるなんてアホらしいし、無理なのは頭では当然わかっているけど…。
それでも求めてしまっていたのではないか。
そりゃ苦しいよな。
今も友達に心のどこかで求めている。
表面上はギクシャクが無くなって普通の関係に戻れたのではないかと思うけど、「私は嫌われているのだ」としょっちゅう思うようにして自制している。
やはり苦しい。普通の友達になりたいのに…。
そして向こうは私との関係についてなーんも思っていないんだろうな。
それはとても寂しくて、でも、離れないでいてくれるのはありがたいような。
会うと楽しいけど苦しい。寂しい。

気づいたところで、じゃあどうすりゃいいのか。さっぱりわからない。
次回のカウンセリングで聞いてみよう。


私は男性に執着しないが、すごく好きになることもない。
男性とはものすごく距離がある感じ。
周りにはクールだと思われているけど、恋愛らしい恋愛が出来ないのも考えものだ。
友達のような恋愛関係で構わない人とならうまくいくから、そこまで悩んではないけども。
父子関係はどうだったかなぁと考えると、なんだろう?あまりわからないのである。
父は無関心だった。かも。父は母のものというような意識がある。
やはり母という存在はでかい。

忙しいうちはまだ頑張れる

仕事が忙しくてブログが書けなかった。
カウンセリングも4回目を行なったのが先月初旬。
とりあえず忙しすぎる。

本当に色々あって大変だ。全然まとまらない。
業務量が多過ぎて、サポートもしてもらえなくて、プレッシャーは増大するばかりで、転職も視野に入れているところ。
でもこの仕事自体は好きだから葛藤がある。あと今の自分は正常な判断ができているのか怪しい。

夜の寝つきが悪くて、朝方にならないと眠れなかったり。
朝は目が覚めてもベッドから動けなかったり。時間かけてなんとか動かして出勤するんだけど。
お風呂に入りたくないとか、スーパーに行きたくないとか、自分の世話が億劫。
今日は職場で涙が出て止めるのが大変だった。周囲にバレなくてよかった。この1ヶ月で2、3回目だから結構ヤバい気がする。

書いてたら抑うつっぽいな、と思うけども。
何が辛いのかもよくわからない。
楽しい時もあるし。
この忙しさから抜け出したあとが少し怖い。
なんにもなくなりそうで。