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blog:hidden

30代アダルトチルドレン。世代間連鎖の渦中。自由に書き散らすブログ

『生きる技法』を読んだ

生きる技法。
なんともストレートなタイトル。帯にあった、
「助けてください」と言えたとき、人は自立している
というワードに惹きつけられて購入。

幼い頃から早く自立するよう求められて育てられた私は、人に頼ったり、助けを求めることなど出来なかった。今も、そう。
1人で立って生きることが自立だと思っていたし。

でもこの本は自立は人に頼ることだと言っている。

何でもかんでも人に頼ろうとして、人が助けてくれないと、当たり散らすような人は、未熟なだけです。
しかし、自分が困っているときに、助けを求めることができないこともまた、未熟さの反映なのです。

そうなの?!衝撃を受けた。

「恐怖」には原因があるが、その原因を自分で隠蔽すると、「不安」になる

不安って厄介なもんだけど、自ら生み出しているんだよなぁ。

嫌われるのを恐れると、誰にも愛されない

ドキっとする。嫌われたくないという想いはなかなか制御できない。

悩むのをやめることです。悩めば悩むほど、自分が何を感じているのか、何を感じているのか、わからなくなってしまうからです。そうではなくて、悩むのをやめて、自分が感じていることに眼を向けることが必要です。

自分が感じていることに、正しく眼を向けることができれば、悩むのを自然とやめることができる。そういう風に人間はできているみたい。

とても読みやすかったし、前向きになれる思想が書かれてあった。
この内容を自分なりに取り込んで活かしていくって感じの本。何度か読み返すのがいいのかもしれない。

私はまず自分なりに「助けて」と表現してみることにした。
すると、気遣ってくれる人や見守ってくれる人、支援してくれる人が現れた。というかそういう人達が居るということに気づいた、かな。
本当にありがたい。まだまだ上手く頼ったりできないけど、少し前に進めたと思える。

読んでよかった本。

生きる技法

生きる技法

うつ病になった。

カウンセリングの後に気分がとても落ちる。
好転反応というものだそうだ。
良くなる前の反応として一時的に調子が悪くなることで、良くあることみたい。
つまりそれだけセラピーの効果が高いという意味でもあるらしい。
普通は数日で自然と良くなるようだが、私の場合は仕事の多大なストレスも抱えていたためメンタルがどうやらやられてしまったようだ。

仕事に行けないとか、趣味ができないとか…普通ではなかった。
抑うつっぽいなとは思っていたけどしばらく頑張っていた。が、ダメだった。

なんとか病院を予約して受診したらうつ病だと。
あーそうか。といったところ。
幸い重度ではなく中程度。
即日、仕事は休養しましょうと診断書を出された。
戸惑った。そんなすぐ?案件が…色々溜まってるしーとか混乱した。
でも、このまま仕事しながらAC克服なんて無理だ。死んでしまう。
休職を決意した。

休むことになったわけだけど、何をしたらいいかわからない。
毎日が日曜日だよ、ただゆっくりしたらいいんだよ、ってことなんだけど。
罪悪感がすごくて不安だらけで。
まだ数日しか経ってないけど難しいよ、休養って。
こんなんだから鬱になるんだろうね。

医師には親に言って実家で療養を勧められた。
でも…それは。難しい。
今なら親は受け入れてくれるだろう。でも私が、拒否している…ような。
とりあえず報告だけはしておくか…。

自分がどうしたいのかわからない。
趣味もやめようかな?って相談したけど、自分がどうしたいかでしょって言われて。
わからない…。無理しない程度にゆっくり一緒に続けようって言われたかったなあ。
自分の気持ちがわからないから、必要とされたかったんだ。

趣味仲間や友人に打ち明けたら気遣ってくれた。上記の一人を除いて。
なんで執着しちゃうんだろう。情けない。
結局この対人関係が大きな原因な気がする。
ま、なってしまったものは仕方がない。焦るけど少しずつ休んで治していこう。

カウンセリング5回目〜成功体験

一ヶ月半ぶりのカウンセリング。
仕事諸々のストレスで体調は思わしくなく、行きたくないなと思いつつ…。

心理的距離が近くなった友達に母親的愛情を求めてしまうことを伝える。
こういうのってあまりないのかな?カウンセラーさんは少し考えていた。

愛情を求めているということで、人に近づくワークというものをした。
椅子を離れた場所に置き、そこに両親がいると仮定して少しずつ自分から近づいていくというものだ。近づいて、抱きしめてもらうとか優しくしてもらうとか、想像ではあるがそういう体験をしたらワークは終了。

普通の人なら簡単にこなせるのだろう。が、私のような人間にはどうも難しい。
近づくにつれ不安になってくる。
「もう近づかなくていいかな」「これ以上は行かないほうがいいかな」
のような
感覚が湧いてくる。その理由を確認していくと、それは恐怖の感情だった。

「拒否されるのでは」「無視されるのでは」

怖さを確認しながら、一歩ずつ近づく。

何だかしんどくなってきた。
やめたい…
でもやらなきゃーと頑張った。

椅子の一歩手前までいけた。あと一歩。
でもどうも無理だったので、両親ではなく理想の親を思い浮かべてくださいと言われた。
そして色々助言をもらいつつワークを達成することができた。
このように自分は人に近づくことができた、という一種の成功体験だった。
トラウマの克服と同じで成功体験を重ねることで恐怖をなくしていくのだとか。


今回は相当疲れてしまったな。頑張りすぎたかも。

カウンセリング4回目〜母という存在

先月上旬に4回目のカウンセリング。
この日はアシスタントさん付きで身体的セラピー?をした。
アシスタントさんが母親の代わりになり、抱きしめてもらうというものだ。
最初は困惑した。代わりと言われてもなー。ようは演技じゃん。って。
私も演技しなきゃいけない?

それでもぎゅっとされて優しい言葉をかけてもらうと号泣してしまった。
母親ってこういうものなのか。ぎゅっとされるだけですごくエネルギーをもらえるんだね。本物の母にこうやって抱きしめられた記憶があるだろうか…うーん。

私はやっぱり母親の愛情が欲しかった。


気づいたことがある。
以前友達に執着してしまうことを書いた。
hidden.hatenablog.com

なぜ執着してしまうか?

これって距離が近くなってしまうと、友達に母を投影してしまうからではないだろうか。
だから男性に執着したことがない。いつも女性の友達。
もしかしたら、どこかしら母に似ているところがある友達。

友達に母を求めるなんてアホらしいし、無理なのは頭では当然わかっているけど…。
それでも求めてしまっていたのではないか。
そりゃ苦しいよな。
今も友達に心のどこかで求めている。
表面上はギクシャクが無くなって普通の関係に戻れたのではないかと思うけど、「私は嫌われているのだ」としょっちゅう思うようにして自制している。
やはり苦しい。普通の友達になりたいのに…。
そして向こうは私との関係についてなーんも思っていないんだろうな。
それはとても寂しくて、でも、離れないでいてくれるのはありがたいような。
会うと楽しいけど苦しい。寂しい。

気づいたところで、じゃあどうすりゃいいのか。さっぱりわからない。
次回のカウンセリングで聞いてみよう。


私は男性に執着しないが、すごく好きになることもない。
男性とはものすごく距離がある感じ。
周りにはクールだと思われているけど、恋愛らしい恋愛が出来ないのも考えものだ。
友達のような恋愛関係で構わない人とならうまくいくから、そこまで悩んではないけども。
父子関係はどうだったかなぁと考えると、なんだろう?あまりわからないのである。
父は無関心だった。かも。父は母のものというような意識がある。
やはり母という存在はでかい。

忙しいうちはまだ頑張れる

仕事が忙しくてブログが書けなかった。
カウンセリングも4回目を行なったのが先月初旬。
とりあえず忙しすぎる。

本当に色々あって大変だ。全然まとまらない。
業務量が多過ぎて、サポートもしてもらえなくて、プレッシャーは増大するばかりで、転職も視野に入れているところ。
でもこの仕事自体は好きだから葛藤がある。あと今の自分は正常な判断ができているのか怪しい。

夜の寝つきが悪くて、朝方にならないと眠れなかったり。
朝は目が覚めてもベッドから動けなかったり。時間かけてなんとか動かして出勤するんだけど。
お風呂に入りたくないとか、スーパーに行きたくないとか、自分の世話が億劫。
今日は職場で涙が出て止めるのが大変だった。周囲にバレなくてよかった。この1ヶ月で2、3回目だから結構ヤバい気がする。

書いてたら抑うつっぽいな、と思うけども。
何が辛いのかもよくわからない。
楽しい時もあるし。
この忙しさから抜け出したあとが少し怖い。
なんにもなくなりそうで。

『「いつも誰かに振り回される」が一瞬で変わる方法』を読んだ

他人の言葉や態度にいちいち一喜一憂する私がまさに「いつも誰かに振り回される」状態だ。

相手のことをおかしいと思っているにもかかわらず 、相手のちょっとした態度で一喜一憂してしまい 、相手に振り回されてしまいませんか ?

あるある。
惹かれて購入してみた。電子書籍だと少し安い。


自分の気持ちがわからなくなると 、常に人の気持ちを考えて 「相手から嫌われないように 」 、そして 「相手から認められるように 」と努力し続けてしまうのです 。しかし 、努力しても相手から認められたり 、感謝されることなんかありません 。

これ、やってしまう。
その努力は実らないとはっきり書かれていてハッとする。

自己否定感は 、自分のものではなくて 、劣等感を刺激された他人から伝わってくるもの

この観点は新鮮だった。難しい。

自分が自分であるために 「私は私 、相手は相手 」という適切な壁が人には必要です

相手の気持ちを考えそうになったら 「自我防壁 ! 」を唱えるようにすると 、だんだん自分と他人との間に壁ができて 、適切な境界線が引けるようになっていきました 。

自他の境界が曖昧になるのはアダルトチルドレンにありがちだ。
意識して適切な壁を作る…できたらいいんだけども。

恐怖や不安に陥るたびに 〈心 〉に聞いていくと 、どんどん幻想が解かれて 、そこには人がこわくない現実の世界が広がっていました 。

自分の心に常に問いかけることが大事。
心に問いかけることはそこそこできるようになってきたけど、答えが得られなかったりする。その辺はやり続けるしかないのだろう。
人はこわい。こわくない現実の世界っていいな。



大嶋信頼さんの本は初めて読んだけど、いつもと違うカウンセラーさんのカウンセリングを受けたって感じ。
うーん、人を選びそうな内容だった。
今カウンセリングでやっている心理療法と共通する部分もあって、実践できそうなこともあるが…。
カウンセリング受ける前に読んでたとしたら、???ってなってたと思う。
少し難しい…自分の負の感情は他から入れられたものである、という考え方。
自分の心に聞く、というのも一度も心理療法を受けたことがない人が一人でやるのは難しいと思う。

不安に飲み込まれた時に、この不安は自分のものではないと思えれば負のループからは抜けられるのかもしれない。
基本は自分の心に聞く、時に自分を切り離す?
難しい!

他人の発言にいちいち自分の感情が動かされる

ギクシャクしている友達のTwitterをミュートした。
私は@coffee980yenというアカウント以外にメインアカウントがひとつある。

そこではただの日常から真剣な話までゆるくツイートしていて、趣味関係やAC関係の人たちなどをフォローしている。その中にはリア友も数人いる。件の友達も。

より本心に近い@coffee980yenの存在は絶対バレないように気をつけている次第だ(笑)


私は彼女のツイートがタイムラインに現れるたびいちいち一喜一憂するようになってしまった。
ごく普通に仕事の愚痴や今日の出来事とかのツイートばかりだけど、見るとどうしてもモヤモヤしてしまう。

もうしんどくなり、2週間ほどメインアカウントを見たり発言することをやめてみた。
最初は気になってしまうのだけど、そのうち気にならなくなり楽になった。

しかし他の方のツイートは見たいなぁと思い始めて再開。
少し心苦しい、申し訳ないなと思いながら、私は彼女をミュートした。
ミュートはフォローを外すわけではないので便利だ。
リプライが来たら通知もされるし。来ることはないだろうけど。
どんなツイートしてるか多少気になるけど見たらまたモヤモヤするだろうからみない。

未熟な対応かもしれないが自分を守るために行動できたから良しとしよう。
そんな感じでそこそこ平穏に過ごしていた。

ところが先日LINEで業務連絡をする機会があったがその際またモヤモヤした。
普通の返信だけど、やっぱ嫌われてるような風に感じてしまうのはなんなのだろう。
結局ずっと心のどこかで気にし続けているのである。
今の中途半端な状態が嫌なんだろうか。また白黒思考なのかも。嫌いなの?好きなの?白と黒の間にいることが不安で仕方ないのかもしれない。

いずれにせよまた会うことになるので憂鬱だし不安だ。
うまく話せるかな、とか普通に接することができるかな、とか。
それって相手の顔色伺うことになるので、いいわけがない。
相手がどのような態度でも、どのような発言をしても、フラットで居られる自分になりたい。