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30代アダルトチルドレン。うつ病治療中。自由に書き散らすブログ

カウンセリング5回目〜成功体験

一ヶ月半ぶりのカウンセリング。
仕事諸々のストレスで体調は思わしくなく、行きたくないなと思いつつ…。

心理的距離が近くなった友達に母親的愛情を求めてしまうことを伝える。
こういうのってあまりないのかな?カウンセラーさんは少し考えていた。

愛情を求めているということで、人に近づくワークというものをした。
椅子を離れた場所に置き、そこに両親がいると仮定して少しずつ自分から近づいていくというものだ。近づいて、抱きしめてもらうとか優しくしてもらうとか、想像ではあるがそういう体験をしたらワークは終了。

普通の人なら簡単にこなせるのだろう。が、私のような人間にはどうも難しい。
近づくにつれ不安になってくる。
「もう近づかなくていいかな」「これ以上は行かないほうがいいかな」
のような
感覚が湧いてくる。その理由を確認していくと、それは恐怖の感情だった。

「拒否されるのでは」「無視されるのでは」

怖さを確認しながら、一歩ずつ近づく。

何だかしんどくなってきた。
やめたい…
でもやらなきゃーと頑張った。

椅子の一歩手前までいけた。あと一歩。
でもどうも無理だったので、両親ではなく理想の親を思い浮かべてくださいと言われた。
そして色々助言をもらいつつワークを達成することができた。
このように自分は人に近づくことができた、という一種の成功体験だった。
トラウマの克服と同じで成功体験を重ねることで恐怖をなくしていくのだとか。


今回は相当疲れてしまったな。頑張りすぎたかも。

カウンセリング4回目〜母という存在

先月上旬に4回目のカウンセリング。
この日はアシスタントさん付きで身体的セラピー?をした。
アシスタントさんが母親の代わりになり、抱きしめてもらうというものだ。
最初は困惑した。代わりと言われてもなー。ようは演技じゃん。って。
私も演技しなきゃいけない?

それでもぎゅっとされて優しい言葉をかけてもらうと号泣してしまった。
母親ってこういうものなのか。ぎゅっとされるだけですごくエネルギーをもらえるんだね。本物の母にこうやって抱きしめられた記憶があるだろうか…うーん。

私はやっぱり母親の愛情が欲しかった。


気づいたことがある。
以前友達に執着してしまうことを書いた。
hidden.hatenablog.com

なぜ執着してしまうか?

これって距離が近くなってしまうと、友達に母を投影してしまうからではないだろうか。
だから男性に執着したことがない。いつも女性の友達。
もしかしたら、どこかしら母に似ているところがある友達。

友達に母を求めるなんてアホらしいし、無理なのは頭では当然わかっているけど…。
それでも求めてしまっていたのではないか。
そりゃ苦しいよな。
今も友達に心のどこかで求めている。
表面上はギクシャクが無くなって普通の関係に戻れたのではないかと思うけど、「私は嫌われているのだ」としょっちゅう思うようにして自制している。
やはり苦しい。普通の友達になりたいのに…。
そして向こうは私との関係についてなーんも思っていないんだろうな。
それはとても寂しくて、でも、離れないでいてくれるのはありがたいような。
会うと楽しいけど苦しい。寂しい。

気づいたところで、じゃあどうすりゃいいのか。さっぱりわからない。
次回のカウンセリングで聞いてみよう。


私は男性に執着しないが、すごく好きになることもない。
男性とはものすごく距離がある感じ。
周りにはクールだと思われているけど、恋愛らしい恋愛が出来ないのも考えものだ。
友達のような恋愛関係で構わない人とならうまくいくから、そこまで悩んではないけども。
父子関係はどうだったかなぁと考えると、なんだろう?あまりわからないのである。
父は無関心だった。かも。父は母のものというような意識がある。
やはり母という存在はでかい。

忙しいうちはまだ頑張れる

仕事が忙しくてブログが書けなかった。
カウンセリングも4回目を行なったのが先月初旬。
とりあえず忙しすぎる。

本当に色々あって大変だ。全然まとまらない。
業務量が多過ぎて、サポートもしてもらえなくて、プレッシャーは増大するばかりで、転職も視野に入れているところ。
でもこの仕事自体は好きだから葛藤がある。あと今の自分は正常な判断ができているのか怪しい。

夜の寝つきが悪くて、朝方にならないと眠れなかったり。
朝は目が覚めてもベッドから動けなかったり。時間かけてなんとか動かして出勤するんだけど。
お風呂に入りたくないとか、スーパーに行きたくないとか、自分の世話が億劫。
今日は職場で涙が出て止めるのが大変だった。周囲にバレなくてよかった。この1ヶ月で2、3回目だから結構ヤバい気がする。

書いてたら抑うつっぽいな、と思うけども。
何が辛いのかもよくわからない。
楽しい時もあるし。
この忙しさから抜け出したあとが少し怖い。
なんにもなくなりそうで。

『「いつも誰かに振り回される」が一瞬で変わる方法』を読んだ

他人の言葉や態度にいちいち一喜一憂する私がまさに「いつも誰かに振り回される」状態だ。

相手のことをおかしいと思っているにもかかわらず 、相手のちょっとした態度で一喜一憂してしまい 、相手に振り回されてしまいませんか ?

あるある。
惹かれて購入してみた。電子書籍だと少し安い。


自分の気持ちがわからなくなると 、常に人の気持ちを考えて 「相手から嫌われないように 」 、そして 「相手から認められるように 」と努力し続けてしまうのです 。しかし 、努力しても相手から認められたり 、感謝されることなんかありません 。

これ、やってしまう。
その努力は実らないとはっきり書かれていてハッとする。

自己否定感は 、自分のものではなくて 、劣等感を刺激された他人から伝わってくるもの

この観点は新鮮だった。難しい。

自分が自分であるために 「私は私 、相手は相手 」という適切な壁が人には必要です

相手の気持ちを考えそうになったら 「自我防壁 ! 」を唱えるようにすると 、だんだん自分と他人との間に壁ができて 、適切な境界線が引けるようになっていきました 。

自他の境界が曖昧になるのはアダルトチルドレンにありがちだ。
意識して適切な壁を作る…できたらいいんだけども。

恐怖や不安に陥るたびに 〈心 〉に聞いていくと 、どんどん幻想が解かれて 、そこには人がこわくない現実の世界が広がっていました 。

自分の心に常に問いかけることが大事。
心に問いかけることはそこそこできるようになってきたけど、答えが得られなかったりする。その辺はやり続けるしかないのだろう。
人はこわい。こわくない現実の世界っていいな。



大嶋信頼さんの本は初めて読んだけど、いつもと違うカウンセラーさんのカウンセリングを受けたって感じ。
うーん、人を選びそうな内容だった。
今カウンセリングでやっている心理療法と共通する部分もあって、実践できそうなこともあるが…。
カウンセリング受ける前に読んでたとしたら、???ってなってたと思う。
少し難しい…自分の負の感情は他から入れられたものである、という考え方。
自分の心に聞く、というのも一度も心理療法を受けたことがない人が一人でやるのは難しいと思う。

不安に飲み込まれた時に、この不安は自分のものではないと思えれば負のループからは抜けられるのかもしれない。
基本は自分の心に聞く、時に自分を切り離す?
難しい!

他人の発言にいちいち自分の感情が動かされる

ギクシャクしている友達のTwitterをミュートした。
私は@coffee980yenというアカウント以外にメインアカウントがひとつある。

そこではただの日常から真剣な話までゆるくツイートしていて、趣味関係やAC関係の人たちなどをフォローしている。その中にはリア友も数人いる。件の友達も。

より本心に近い@coffee980yenの存在は絶対バレないように気をつけている次第だ(笑)


私は彼女のツイートがタイムラインに現れるたびいちいち一喜一憂するようになってしまった。
ごく普通に仕事の愚痴や今日の出来事とかのツイートばかりだけど、見るとどうしてもモヤモヤしてしまう。

もうしんどくなり、2週間ほどメインアカウントを見たり発言することをやめてみた。
最初は気になってしまうのだけど、そのうち気にならなくなり楽になった。

しかし他の方のツイートは見たいなぁと思い始めて再開。
少し心苦しい、申し訳ないなと思いながら、私は彼女をミュートした。
ミュートはフォローを外すわけではないので便利だ。
リプライが来たら通知もされるし。来ることはないだろうけど。
どんなツイートしてるか多少気になるけど見たらまたモヤモヤするだろうからみない。

未熟な対応かもしれないが自分を守るために行動できたから良しとしよう。
そんな感じでそこそこ平穏に過ごしていた。

ところが先日LINEで業務連絡をする機会があったがその際またモヤモヤした。
普通の返信だけど、やっぱ嫌われてるような風に感じてしまうのはなんなのだろう。
結局ずっと心のどこかで気にし続けているのである。
今の中途半端な状態が嫌なんだろうか。また白黒思考なのかも。嫌いなの?好きなの?白と黒の間にいることが不安で仕方ないのかもしれない。

いずれにせよまた会うことになるので憂鬱だし不安だ。
うまく話せるかな、とか普通に接することができるかな、とか。
それって相手の顔色伺うことになるので、いいわけがない。
相手がどのような態度でも、どのような発言をしても、フラットで居られる自分になりたい。

カウンセリング3回目〜自己肯定感を高める

朝からカウンセリングだったが、前日ダラダラと眠れずほぼ一睡もしないまま行った。
最初に近況を聞かれるので、報告した。
実家を出たこと、仲良くしていた友達との関係がダメになったこと。

私は20代前半で一人暮らしをして同棲もした。が、同棲相手と別れることになり実家に戻った。
しかし実家は居場所がないという気持ちがずっとある。一人っ子だから、親から可愛がられていると思われがちだけど、違う、と思う。
戻ってきたら?と言ってくれた親には感謝している…。
とにかく家を探す気力がなかった。2年ほど実家暮らしをして今回また一人暮らしを始めたのだ。
実家には居場所がない。家事等やってもらえるしラクなはずなんだけど…。
一人暮らしは自分の生活が出来ている気がする。

友達関係については、あなたは間違っていないですよと言われた。
そうやって人に自分の状況を伝えられたことは良いこと。
相手から悪いリターンが返ってきたとしても気にすることはない、と。
それは相手の考え方や相手自身の問題などが絡むし、こちら側がどうこうできることではないから。
私は自分が間違っていたせいだと思っていたから、そう言われて心が軽くなった。


今回はインナーチャイルドを癒すワークをした。
なんだか難しかった。
何度もやることが大事みたい。

親には期待しません。私がこの子(インナーチャイルド)を育てます。
とか
あなたには価値がある、生まれてきてくれてありがとう
とか声に出していく。
生まれてきてくれてありがとう…本来は親から与えてもらう想いだよね。
それをもらえなかった。
これからは自分で自分に与えていくんだ。

自分は生きていても良い。ありのままでいい。
きっと普通の人にとっては当たり前の価値観。
そこから育てることが必要。

死ねばいいのに、お前に生きる価値なんてないと自分を責めることが多いからとても困難だけど少しずつやっていこう。
白黒思考、破滅思考がとても強い。

怒りとか悲しみ、寂しさも「そうだね」って受け止めてあげる。
負の感情はなかなか止まらないけれど辛抱強くやっていると、少しラクになる気がした。

人と距離が近くなるとうまくいかない

2017年が始まった。
さっそく去年のことを書く。

仲良い友達がいた。付き合いはそこそこ長いが、急激に距離が縮まったのが約半年前。
不安もあった。
距離が近くなるとみんな私から離れていく、という過去ばかり経験してきたから。
結論から言うと、今回も同じパターンになりそう、いや、なったのかな…。
趣味関連の繋がりなので、また会う機会があるけども…。

でもきっと嫌われたのだろう。
私が彼女に依存・執着したせいだと思う。
毎日のようにラインのやりとりをしてた時期があってその時は、依存気質だし距離が近すぎると関係がダメになるという私自身のことも伝えていた。カウンセリング行ってることも。
普通に受け取ってくれたと思っていたけど、実際に甘えたり頼ったりしてしまうとやはり破綻するのだな。

「(私)がやってることは彼氏に対してすることであって友達にすることじゃない」
というようなことを言われた。
それが普通なんだろう。
私は逆に彼氏に依存したことがない…
友達にばかり依存する私は異常なんだろう。

行き着くのは、境界がわからないということ。
ある意味異性相手なら境界がわかりやすいのかも。もしくは依存してはいけないという気持ちが友達より恋人相手の方が強くあって、ブレーキが強力なのか。
いずれにせよ、どちらに対してもブレーキはかけてるのに、不安定になるとどうしてもダメになってしまう。
誰だって不安定になる時はあるだろう。誰かに頼りたくなる時が。
辛い時に助けてくれない人を友達と言えるのか?
普通の人はどうしているのかな、本当にわからない。
頼ったら嫌われたよ。

程度の問題?どの程度で頼るのか。
会いたいと言ったらそんなにダメなのか。
恋人や家族に対してしかダメなの?

恋人いるだけでいいじゃん、て思われそうだが私の場合は全然よくないのである。
同性の友達が重要で。

なんだろう、結局親との関係性が友達恋人関係に反映されている結果か。
会いたかったり話をしたいのは友達。

…というか、友達に嫌われた経緯をまとめたかったんだけども。
次回カウンセリングで報告しなきゃと思って。
しかし振り返ったり正面から見るのが、どうやら出来ないようだ。
未熟を痛感する。

そうだ、
「人との距離が0か100しかないんだね」
とも言われた。
いわゆる白黒思考ってやつかな。
これはそうだなぁと思った。言われてハッキリ自覚した。
そういう指摘をしてくれるのは、まだ見捨てられていないということなんだろうか。

でも年末に会った時はほとんど喋ってくれず、こちらが話しても冷たい反応だった。
あの日は2人で居たのに、ずっと1人だった。
それは苦痛でしかなかったね。
年始も会うけど不安しかない。趣味から離れることも考えている。

同じことを繰り返すのは、もうやめたい。

こう思うのも何度目だろう。